【前編】では、「ラー文書 第五巻」が封印された背景、ラーとの異例の初接触、そして私たちの魂の起源に関わる「ワンダラー」という概念について探求しました。
彼らの旅路は、光との邂逅だけでは終わらず、形而上学の世界においても、強力な光は濃い影を呼び寄せます。
ラーという純粋で高次の光に自らを捧げるという決断は、彼らを宇宙的な対立の最前線へと押し出すことになりました。
この【中編】では、彼らが直面した最も深刻な試練である「サイキック・グリーティング(霊的攻撃)」の正体に迫ります。
これは単なるオカルト的な現象ではありません。
私たちの内なる弱さや不調和が、いかにして外部からのネガティブな影響を招き入れるのか、そのメカニズムを解き明かす、極めて実践的な霊的法則の学びです。
媒体カーラの身体を蝕む病、書記ジムの内なる怒りとの葛藤。
これらの個人的な課題が、いかにして「霊的攻撃」の標的となり、増幅されていったのか。
そして、その試練の渦中で、ラーが示した愛と叡智に満ちた具体的な処方箋とは何だったのか。
彼らが経験した魂の暗夜は、私たち自身の内なる闇と向き合い、それを光へと変容させていくための、力強い道しるべとなるはずです。

本記事のラジオ形式の音声版をご用意いたしました。
文章を読む時間がない時や、リラックスしながら内容を深く味わいたい時などにご活用いただければ幸いです。

光の奉仕に影を落とす「サイキック・グリーティング」とは何か?
ラーとの交信という、極めて純粋な光の奉仕に身を投じたグループを待ち受けていたのは、祝福だけではありませんでした。
彼らは、セッションを重ねるごとに、不可解な体調不良や精神的な揺さぶり、不運な出来事といった、目に見えない力からの干渉を経験するようになります。
ラーはこれを「サイキック・グリーティング(psychic greeting)」と呼びました。
これは、日本語では「霊的攻撃」と訳されますが、その本質は、私たちの霊的成長を妨げようとするネガティブな存在からの「挑戦状」のようなものです。
カーラのLSD体験の裏にあったオリオン・グループの画策
サイキック・グリーティングが、いかに巧妙に私たちの自由意志の選択に介入してくるかを示す象徴的な出来事が、カーラのLSD体験でした(セッション25)。
カーラは純粋な探求心から、意識の拡大を期待してLSDを二度使用します。
しかしラーは、この機会が、彼女たちの活動を快く思わないオリオン・グループ(自己奉仕の道を選んだ第五密度のネガティブな存在)によって慎重に計画されたものであったと明かします。
オリオン・グループの目的は多層的でした。
- 第一の目的:カーラの極性を反転させること。
LSD体験を通して、彼女を自己奉仕の道へと誘い、ポジティブな極性を弱めることでした。
しかし、カーラがこの体験を「他者への奉仕」と「創造主への感謝」のために用いるという強い意志を持っていたため、この試みは失敗に終わります。 - 第二の目的:性的なエネルギーの誤用を誘発すること。
性的なエネルギーは、使い方次第でポジティブにもネガティブにもなり得る強力なものです。
具体的には、他者の自由意志を尊重せず、性的な魅力を利用して相手を意のままに操ろうとしたり、愛のないところで偽りの感情を演じて自己の満足を得ようとしたりする行為がこれにあたります。
しかし、カーラの「普遍的な緑の光線(ハートチャクラ)の愛」が強かったため、他者を操作したり欺いたりすることなく、このエネルギーを分かち合い続けました。 - 最終目的:カーラの生命エネルギーを枯渇させること。
上記の試みが失敗したため、オリオン・グループは最後の手段として、カーラの生命エネルギーを可能な限り消耗させるという戦術に切り替えました。
LSDの影響下で、彼女は休むことなく活動し続け、膨大な生命エネルギーを失いました。
その結果、彼女の身体は極度に弱り、深刻な感染症にかかりやすくなってしまったのです。
この出来事は、サイキック・グリーティングが、私たちの「弱点」や「判断の隙」を突いてくることを明確に示しています。
それは、私たちの自由意志を直接侵害するのではなく、私たちが自ら選択した行動の結果を、ネガティブな方向へと増幅させるという、極めて狡猾な形をとるのです。
ラーが教える最もシンプルで強力な防御法:愛と感謝
では、このような目に見えない攻撃に対して、私たちはどのように身を守ればよいのでしょうか。
特別な儀式や呪文が必要なのでしょうか?
セッション32で、ラーはこの問いに対して、驚くほどシンプルでありながら、最も強力な防御法を提示します。
「保護の手段は非常にシンプルです。あらゆる瞬間に感謝を捧げなさい。自己と他者を創造主として見なさい。心を開きなさい。常に光を知り、それを賛美しなさい。これが、必要なすべての保護です。」
ラーが示す防御法は、「戦う」ことではありません。
それは、意識の状態を変えることです。
サイキック・グリーティングは、私たちの恐怖、怒り、分離感といったネガティブな感情をエネルギー源とします。
私たちが攻撃に対して恐怖で応じれば、それは相手にさらなる力を与えることになります。
しかし、私たちが意識を「愛と感謝」に向けるとき、私たちの振動周波数は上昇し、ネガティブなエネルギーが共振できない領域へと移行します。
すべての出来事、たとえそれが困難な試練であっても、その中に創造主の現れを見出し、感謝を捧げる。
攻撃してくる存在さえも、迷える創造主の一部として、その内なる光に向かって愛を送る。
この意識のあり方こそが、どんなネガティブな影響も通さない、最強の「光の鎧」となるのです。
イエス・キリストが「悪に抗うな」と説いた真意も、ここにあるのかもしれません。
抵抗は、分離を強化するだけだからです。
媒体カーラの身体的苦痛:転生前に計画された「霊的成長の触媒」
第五巻を通して、最も胸を痛めるテーマの一つが、媒体であるカーラが絶えず苦しんでいた深刻な身体的苦痛です。
彼女は若くして腎臓病を患い、長年にわたって関節リウマチや全身性のエリテマトーデスといった自己免疫疾患に悩まされていました。
ラーとの交信が始まると、その症状はさらに悪化し、セッション中は激しい痛みに襲われることが常でした。
ラーが指摘したカーラの「殉教」への傾向
なぜ、これほど純粋な奉仕を行う彼女が、これほどの苦痛を経験しなければならなかったのでしょうか。
ラーはその原因を、彼女自身の魂の選択にあると指摘します。
カーラの魂は、この転生において「叡智」とバランスをとるために「慈悲」を学ぶことを強く望んでいました。
その学びを最大限に深めるため、彼女は自ら、他者からの助けを受け入れざるを得ないような、身体的な制限を持つ人生を設計したのです(セッション60)。
しかし、彼女の「他者に奉仕したい」という純粋で強烈な意志は、時に「殉教(martyrdom)」への傾向となって現れました。
彼女は、自らの身体が限界を超えていることを知りながらも、奉仕のためにエネルギーを最後の最後まで使い果たしてしまうのです。
ラーは、この姿勢が長期的には奉仕そのものを続けることを困難にすると、繰り返し優しく諭しました(セッション44, 100)。
「殉教は必ずしも助けにはなりません。(中略)この媒体が、その奉仕をより長い期間にわたって継続できるようにするためには、一つのワーキングにおいて、わずかなエネルギーを留保しておく可能性について、そのハイヤーセルフに提案することを、私たちは示唆します。」(セッション60)
これは、私たち探求者にとっても重要な教訓です。
純粋な動機であっても、叡智(自己の限界を知り、バランスをとる能力)を伴わない奉仕は、自己破壊につながりかねません。
真の奉仕とは、燃え尽きることではなく、持続可能な形で光を灯し続けることなのです。
ヒーリングと自己受容に関するラーの具体的なアドバイス
ラーは、カーラの苦痛を和らげるために、様々な具体的なアドバイスを与えました。
それらは、物理的なアプローチから、精神的・エネルギー的なアプローチまで多岐にわたります。
- 身体的アプローチ:肉体という神殿への配慮
ラーが推奨した物理的なアプローチは、一見するとごく当たり前の健康法のように思えます。
適度な運動、栄養バランスの取れた食事、温水でのマッサージ(セッション37, 75, 104)。
しかし、その背景には深い形而上学的な意味が込められていました。
- 「木々の近くでのウォーキング」:
これは単なる有酸素運動ではありません。
樹木は第二密度の存在であり、地球の生命エネルギーと深く結びついています。
その純粋で安定したエネルギー場の中を歩くことは、高次のエネルギー(ラーとの交信)と絶えず接することでアンバランスになりがちなカーラのエネルギー体を、地球の周波数と再び同調させ、グラウンディングさせるための重要な儀式でした。 - 栄養と温水マッサージ:
これらは、過酷な奉仕によって消耗した肉体という「神殿」を慈しみ、維持するための具体的な行為です。
肉体を尊重し、その声に耳を傾けることは、自己愛の基本的な実践であり、霊的な探求において決して軽視できない土台となります。
- 「木々の近くでのウォーキング」:
- 精神的・感情的アプローチ:受け取るという勇気
カーラの癒しにおいて、物理的なアプローチ以上に重要視されたのが、精神的・感情的な側面の変容でした。
ラーは、彼女の魂のレッスンが「与えること」から「受け取ること」へと移行していることを指摘します。- 「見返りを期待せずに他者からの愛と受容の贈り物を受け入れることを学ぶこと」(セッション60):
これは、彼女にとって最も困難な課題でした。長年、他者に与えること、奉仕することに自己の価値を見出してきた彼女にとって、無防備に他者からの愛や助けを受け入れることは、自身の弱さを認め、コントロールを手放すことを意味しました。
しかし、これこそが、彼女のハートチャクラ(緑の光線)のエネルギーの流れを双方向にするための鍵でした。
エネルギーは流れることで健全さを保ちます。
与える一方通行の愛は、やがて枯渇し、殉教へと繋がります。
受け取ることを学ぶとは、自分自身が愛される価値のある存在だと認め、宇宙の豊かさの流れに身を委ねるという、深遠な信頼の行為なのです。 - 喜びと美による滋養:
ラーはまた、聖なる音楽を歌うこと、仲間との楽しい交流、美しいものに触れることの重要性を説きました。
喜び、調和、美といった高次の感情や体験は、魂にとって不可欠な「栄養」です。
特にカーラのような感受性の強い存在にとって、これらの体験は、消耗した生命エネルギーを直接的に補充し、霊的な活力を取り戻すための、最も効果的な霊薬だったのです。
- 「見返りを期待せずに他者からの愛と受容の贈り物を受け入れることを学ぶこと」(セッション60):
- 制限の受容:魂の設計図への完全なる降伏
すべてのヒーリングの根底に流れる最も根本的な教えが、「制限の受容」です。
ラーは、カーラの病や身体的な制限が、罰や間違い、あるいは克服すべき敵なのではなく、**「転生前に自らが設定した、魂が成長するための完璧なカリキュラムの一部」であると断言します(セッション75)。
この視点は、私たちが病や困難をどう捉えるかを根底から覆すものです。
私たちは、困難を「問題」とみなし、それを取り除こうと戦います。
しかし、魂の視点から見れば、その困難こそが、特定の学び(カーラの場合は慈悲と受容性)を得るために、自らが巧みにデザインした「触媒(カタリスト)」なのです。
したがって、最も根本的な癒しとは、症状が消えることではなく、「その制限がもたらす学びに心から感謝し、魂の計画に完全に降伏すること」**にあります。
この完全なる自己受容が達成されたとき、痛みや苦しみという触媒は、その役割を終え、静かに消えていくのかもしれません。
それは、戦いの終わりではなく、愛による統合の完成を意味するのです。
書記ジムの内なる葛藤:「怒り」の感情との向き合い方
光の奉仕は、媒体であるカーラだけに試練をもたらしたわけではありません。
書記としてエネルギーを安定させ、記録するという重要な役割を担っていたジム・マッカーティもまた、彼自身の内なる闇と向き合うことを余儀なくされました。
彼の課題は「怒り」でした。
ラーが語る「怒り」の霊的背景とバランスの取り方
ジムは、特に自分が間違いを犯した時に、理不尽で破壊的な怒りに駆られるという長年の謎についてラーに問いかけました(セッション33)。ラーの答えは、彼の魂の起源にまで遡る、非常に深いものでした。
ジムは、第六密度のワンダラーであり、その密度での学びのテーマは「叡智と慈悲の統合」です。
ラーによれば、ジムの魂は「叡智」には満ち溢れているものの、「慈悲」の側面をバランスさせる必要がありました。
そして、「慈悲の欠如」が、より意識的な存在において現れるとき、それは「自己への慈悲の欠如」という形をとるのです。
つまり、ジムが自分自身の不完全さ(間違い)に対して抱く激しい怒りは、彼が自分自身を愛し、赦すことができていないことの現れでした。
完璧であろうとするあまり、不完全な自分を罰してしまう。これは、多くの誠実な探求者が陥りがちな罠です。
「力の流れ」を建設的に使うための具体的な行動指針
では、この根深く、時に破壊的ですらある怒りのエネルギーを、どのようにすれば霊的成長の糧へと変容させることができるのでしょうか。
ラーは、ジムの持つ根源的なエネルギーの質を、単なる感情ではなく「力(power)」という、より本質的な言葉で表現しました。
これは、物事を成し遂げ、現実を創造していくための純粋な生命力、あるいは意志の力と捉えることができます。
そしてラーは、この強力な「力」を建設的に用いるための、極めて実践的な三位一体の行動指針を提案しました(セッション99)。
ラーが第一に提案したのは、「孤独な環境で、グループへの奉仕を意図した、激しい肉体労働に従事すること」でした。
ここには三つの重要な要素が含まれています。
- 肉体的な活動:奉仕を意図した激しい労働
- 「激しい肉体労働」:
これは、内に溜め込まれた過剰な「力」のエネルギーを、物理的なレベルで純粋に解放・発散させるための手段です。
怒りという形で内側で爆発するエネルギーを、外側への建設的なアクションへと転換させます。 - 「孤独な環境で」:
この活動を一人で行うことの重要性は、エネルギーの方向性をコントロールするためです。他者と共にいると、この強力なエネルギーが意図せず対人関係の摩擦を生んだり、他者への支配欲として現れたりする危険性があります。
孤独な環境は、純粋に自己のエネルギーと向き合い、それを浄化するための安全な「実験室」となるのです。 - 「グループへの奉仕を意図した」:
これが最も重要な霊的アルケミーの鍵です。
単なるストレス発散の肉体労働ではなく、その行為を「他者への愛の表現」として捧げること。
例えば、仲間が快適に過ごせるように薪を割る、皆が食べる野菜を育てるために畑を耕すといった行為は、「力」のエネルギーを自己中心的な怒りから、他者へと開かれた奉仕のチャネルへと流し変えます。
これにより、行為そのものが瞑想となり、祈りとなるのです。
- 「激しい肉体労働」:
- 孤独な瞑想:活動直後の静寂
第二のステップは、「肉体的な活動の直後に、一人で静かに瞑想する時間をとること」です。
肉体的な疲労の極致にあるとき、私たちのエゴイスティックな思考や感情的な抵抗は静まり、心はより受容的で穏やかな状態になります。
この静寂の中で、先ほどの奉仕活動を通して変容した「力」のエネルギーを、今度は霊的なレベルで自己の内側に深く統合し、定着させます。
肉体的な解放が、精神的・霊的なバランスの回復へと繋がる、不可欠なプロセスです。 - 力の流れを止めないこと:絶え間ない使用者であること 最後に、ラーは根源的な法則について語ります。
「力、愛、叡智の流れは、それを慎重に節約する者によってではなく、絶えず使う者によって可能になる」。
これは、宇宙のエネルギーが「流れ」そのものであるという真理を示しています。
ジムの課題は、その強力な「力」を恐れて抑圧したり、内に溜め込もうとしたりすることではありませんでした。
それは、まるで川を堰き止めるようなもので、いずれは破壊的な形で決壊してしまいます。
彼の真の課題は、その力を信頼し、奉仕という建設的な水路を通して、絶えず宇宙へと流し続けることだったのです。
ジムの怒りとの闘いは、私たちがネガティブな感情をどのように扱えばよいかについての、普遍的で深遠なモデルを示しています。
感情を敵視して無理に抑えつけたり、その感情を持つ自分を責めて自己嫌悪に陥ったりするのではなく、まずその感情の根源にある満たされていない純粋なニーズ(この場合は自己への慈悲)を深く理解する。
そして、そのパワフルなエネルギーを、愛と奉仕に基づいた具体的な行動へと意識的に変容させていく。
これこそが、鉛を金に変えると言われる、真の霊的アルケミー(錬金術)の本質なのです。
コンタクトを支えるエネルギー:セクシャルなエネルギー交換の役割
第五巻では、ラーとの交信を維持する上で、非常にデリケートでありながら重要な役割を果たした要素についても言及されています。
それが、ジムとカーラの間で行われた「性的なエネルギーの交換」です。
ラーは、カーラの生命エネルギーがセッションによって著しく消耗することを何度も指摘し、そのエネルギーを補給する有効な手段として、性的なエネルギーの交換を肯定的に評価しました(セッション18, 48)。
これは、単なる肉体的な行為ではありません。
ラーによれば、カーラはもともと心・身体・精神の分離が少ない性質を持っており、彼女にとって性的なエネルギーの交換は、霊的なエネルギーの交換と直結していました。
このエネルギー交換において、男性的なエネルギー(ジム)は肉体的な生命力を女性的なエネルギー(カーラ)に与え、女性的なエネルギーは精神的・霊的なインスピレーションを男性的なエネルギーに与えるという、相互補完的な流れが生まれます。
これにより、カーラは交信に必要な生命エネルギーを補充し、グループ全体のエネルギーバランスも高められました。
ただし、ラーはこれがすべての人に当てはまるわけではないと注意を促しています。
霊的な回路が未発達な状態で同様のエネルギー交換を行うと、回路が「ショート」してしまう危険性があるためです。
これは、性的なエネルギーがいかに強力で、意識的な扱いを必要とするものであるかを示唆しています。
彼らの場合、それは「一なるものの法則」を探求し、奉仕するという共通の目的に捧げられた、神聖な儀式となっていたのです。
まとめ:試練を乗り越えるための鍵、そして後編で描かれるグループの危機へ
この【中編】では、ラーとの交信という偉大な奉仕の裏で、交信グループが直面した深刻な霊的試練の数々を見てきました。
オリオン・グループからの巧妙な「サイキック・グリーティング」、カーラの肉体を苛む病、そしてジムの内なる怒りとの闘い。
これらの試練は、彼らの最も弱い部分を容赦なく突き、彼らの調和を脅かしました。
しかし、これらの経験を通して、私たちは霊的成長における普遍的な法則を学びました。
それは、外部からの攻撃や困難は、常に私たちの内なる不調和や未解決の課題を映し出す鏡であるということです。
そして、その試練を乗り越えるための鍵は、敵と戦うことではなく、自己の内側を見つめ、不完全さを受け入れ、愛と感謝のうちにそれを統合していくことにあります。
彼らは、ラーの導きによって、それぞれの課題と向き合い、多くの危機を乗り越えてきました。
しかし、彼らを待ち受けていた最大の試練は、グループの調和そのものが根底から揺さぶられるという、さらに深刻なものでした。
続く【後編】では、アトランタへの移住計画を巡って生じたグループ内の亀裂、ドンとカーラの間で交わされた運命的なエネルギー交換、そして、それが引き金となって訪れる、ドン・エルキンスの悲劇的な死とラー・コンタクトの終焉。
彼らの物語の結末は、私たちに何を問いかけ、何を遺したのか。その魂の記録を、探っていきます。

「The Law of One・ラー文書」の資料の本拠地である L/L Research のウェブサイトです。
すべて英語表記となっています。
