前編では、セスと「意識の進化」や「蓋然性の宇宙」を探求し、日常認識の変革と内なる世界の無限の可能性への旅を始めました。
この中編では、その探求を一歩進め、セスが示す具体的な「意識の航海術」を学びます。
「知られざる現実」は、意識の焦点を変え、夢を深く探求し、日常の具体的なエクササイズ(PRACTICE ELEMENT)を通じて体験しうる領域です。
本記事は主にSECTION 5「『未知の現実』への旅の仕方」に基づき、セスの実践的手法であなたの意識を未知の領域へ導きます。
夢の中の象徴や「悪魔」と呼ばれるものの真の姿、他の現実への意識の同調、そして「世界観」というフィルターを超えたコミュニケーションの可能性を、セスと共に実践的に掘り下げていきます。

ブログの内容をラジオ形式の音声化しました。
読みながら一緒に聞いてもらえると理解が深まると思います。<(_ _)>

SECTION 5:「未知の現実」への旅の羅針盤 – 小さな一歩が大きな扉を開く
SECTION5は、まさに私たちの意識が持つ未知の領域への航海図とも言えます。
セスはここで、私たちが日常生活の中で、どのようにして「知られざる現実」の広大な領域へと意識的に足を踏み入れ、その豊かさに触れることができるのか、そのための具体的なアプローチと考え方を、段階を追って丁寧に提示してくれます。
それは、超能力者のような特別な才能や、世俗を離れた厳しい修行を必要とするものでは決してありません。
むしろ、私たちの内に元々備わっている感覚――直感、夢、感情の動き――を研ぎ澄まし、自分自身の意識の働きを深く理解し、そして何よりも「自分自身を信頼する」ことから始まる内なる冒険なのです。
セスは、私たちが「知られざる現実」の片鱗を垣間見ることから始め、やがてはより直接的で鮮明な「出会い」を体験する可能性までを示唆し、そのための日々の「小さな一歩」がいかに重要であるかを教えてくれます。
【意識のチューニング】日常の知覚を超え、他の現実の周波数と共鳴する (SESSION 711, 716)
私たちの意識は、一体どのようにして、普段は気づくことのない「知られざる現実」へとアクセスできるのでしょうか?
セスは、この深遠なプロセスを「意識のステーションを切り替える」という、非常に直感的で分かりやすい比喩を用いて説明します。
それはまるで、無数にあるラジオのチャンネルの中から、聞きたい番組を選んでダイヤルを合わせる作業に似ています。
私たちの「世界観」と意識の焦点:日常のリアリティはどのように構築されるか
私たちの日常的な意識状態、つまり普段「これが現実だ」と感じている世界認識を、セスは「ホームステーション(いつもの意識状態)」に例えます。
これは、私たちが最も慣れ親しみ、自動的に同調しているラジオやテレビのチャンネルのようなものです。
私たちは常に、この「ホームステーション」の周波数に合わせて世界を知覚し、解釈し、体験しています。
この「ホームステーション」あるいは「世界観」は、私たちの個人的な信念、過去の経験、受けた教育、属する文化など、様々な要素によって時間をかけて形成され、何に注意を向け、何を重要とみなし、逆に何を無視するかを、ほとんど無意識のうちに決定づけているのです。
これが、私たち一人ひとりが「現実」と呼んでいる、ユニークな体験の枠組みです。
しかしセスは、この「ホームステーション」は、実は広大な意識のスペクトルの中に無数に存在する「意識のステーション」の一つに過ぎないと語ります。
もし、ラジオのダイヤルをほんの少し、あるいは大胆に回してみるように、私たちの意識の焦点を意図的にずらすだけで、普段は見過ごしている世界の別の側面や、全く異なる法則で成り立つ現実の様相が、私たちの知覚のスクリーンに立ち現れてくる可能性があるのです。
それはまるで、いつも見慣れているはずの自分の部屋も、照明の色を変えたり、別の角度から眺めたりするだけで、全く新しい表情を見せるのに似ています。
セスが語る「意識の可動性」:他の現実へ意識を合わせるテクニック
セスによれば、私たちの意識は本来、非常に柔軟で「可動的」な性質を持っており、一つの特定の現実に永遠に固定されているわけではありません。
実際、私たちは毎晩見る夢の中で、知らず知らずのうちに様々な現実の周波数や意識の次元へと「さまよい出て」いるのだとセスは言います。
問題は、この生来の「意識の可動性」をいかに自覚し、意識的にコントロールして、他の現実の「周波数」に意図的に「チューニング(周波数を合わせること)」するか、ということです。
この「チューニング」のプロセスは、特定のラジオ局が発する電波に、自分の受信機のダイヤルを正確に合わせる作業に似ています。
そのためには、まず自分自身の「ホームステーション」がどのような周波数で成り立っているのかをよく知ること、つまり、自分が普段どのように現実を認識し、感じ、考えているのかに深く気づくことが重要になります。
その上で、心のダイヤルをゆっくりと、好奇心と信頼をもって回し、他の可能性、他の「意識のステーション」からの信号に心を開いていくのです。
実践エクササイズ紹介: – 意識の焦点と移動の訓練 (SESSION 716)
セスは、私たちの意識が持つ多次元的な可能性を探求し、「知られざる現実」へとアクセスするための具体的なステップとして、意識の「チューニング(同調)」と「移動」を助ける練習要素を提示しています。
これらは、私たちが日常的に無意識のうちに固定している「意識のステーション(いつものものの見方や感じ方)」を自覚し、そこから意図的に別の「ステーション」へと移行するための基礎訓練です。
エクササイズ1:現在の感覚データへの完全な集中
この最初のエクササイズの目的は、まず私たちが「今、ここ」で体験している日常的な現実、セスが言うところの「ホームステーション」での知覚を、これまでにないほど最大限に鮮明で豊かなものにすることです。
なぜなら、他の意識状態や異なる現実の様相を認識するためには、まず基準となる「いつもの現実」がどのようなものであるかを、深く、そして明確に知覚している必要があるからです。
それによって、他の意識状態との「対比」が明確になり、意識の焦点を意図的にコントロールする感覚を養うことができるのです。
- 五感の全開と同時体験:
静かに座り(あるいは立っていても構いません)、今この瞬間にあなたの五感(視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚)に入ってくる全ての感覚データを、できる限り完全に、そして同時に体験しようと試みます。
これは、あなたの身体と精神、つまりあなたの全存在を調和させ、普段は閉じがちな意識の扉を完全に開くための、いわば準備運動のようなものです。
視覚:
目の前にあるもの全てを、ただ眺めるのではなく、色彩、形、光と影のニュアンス、遠近感など、視野に入る全ての情報を詳細に受け入れます。
聴覚:
聞こえてくる全ての音に耳を澄ませます。遠くの車の音、鳥の声、自分の呼吸音、部屋の静寂そのものかもしれません。
それらの音を特定し、それが何であるかを認識します(例:セスの言葉では「それらが対応する物体と精神的に結びつけます」)。
触覚:
身体が感じている全ての触覚情報に意識を向けます。
座っている椅子がお尻や背中に与える圧迫感、衣服が肌に触れる感覚、空気の流れ、手のひらの温度、足先の冷たさといった体温の微妙な差異など、普段はほとんど意識しない細部にまで注意を払います。
味覚・嗅覚:
口の中に何か味が残っているか、周囲にどんな匂いが漂っているかを感じ取ります。空気そのものの匂い、部屋の匂いなど、微細な感覚も捉えようとします。 - 覚醒した状態での身体感覚:
このエクササイズでは、過度にリラックスしようとするのではなく、むしろ身体を覚醒した状態で感じることが重要です。
眠りにつくような受動的な状態ではなく、意識的に身体の存在感、重み、バランスなどを感じ取ります。 - 感覚の統合と「瞬間の輝き」の体験:
これら全ての五感からの情報を一つに統合し、今この瞬間の現実が持つ、鮮烈で生き生きとした意識の輝きを、判断や分析を加えることなく、ありのままに体験します。
それは、まるで初めて世界に触れたかのような、新鮮で強烈な「今、ここに在る」という感覚かもしれません。
期待される効果:
このエクササイズを実践することで、あなたは自身の「ホームステーション」における最も明確な「焦点ポイント」を主観的に知覚することができるようになります。
これは、あなたが最も集中し、現実を鮮明に捉えている時の意識の状態です。
セスによれば、この「最高の焦点」(“finest point of focus”) の感覚は、まるで完璧に調律された楽器のように、これ以降に行う他の意識の探求エクササイズや、日常における集中力向上のための、非常に重要なツールとなるのです。
この「最高の焦点」を知ることは、言い換えれば、自分自身の「標準的な意識状態」の精度を高めることです。
普段、私たちは意外なほど周囲の世界や自分自身の状態に「ぼんやり」としか注意を払っていないかもしれません。
この練習は、その「ぼんやり」としたフィルターを取り払い、現実をありのままに、そして豊かに体験する能力を再開発する試みとも言えます。それは、日常の些細なことにも新たな美しさや意味を見出す感性を磨くことにも繋がるでしょう。
エクササイズ2:意識の意図的な移動
このエクササイズでは、エクササイズ1で確立した「最高の焦点」を基点として、意識を意図的に「さまよわせる」練習をします。
これにより、意識の可動性を高め、他の「意識のステーション」への移行を試みます。
- 「最高の焦点」の再現:
まず、エクササイズ1で体験した、あなたの「ホームステーション」での「最高の焦点」の状態を再現します。 - 知覚の意図的な解放:
次に、その明確な知覚を意図的に手放します。
視覚と聴覚を結びつけようとせず、感覚の統合を解き、いわば「パッケージを落とす」ように、焦点をぼかします(セスはこれをアンフォーカスすると表現しています)。これは、日常的な意識の「しがみつき」を緩め、より流動的な状態に入るためのステップです。 - 意識の意図的な「さまよい」:
そして、あなたの意識を、特定の方向(例えば、右か左か、あるいはあなたにとって最も自然に感じる方向へ)に、ゆっくりと「さまよわせ」ていきます。
ここでは、意識が自然に流れるのに任せつつも、方向性だけは意図的に保つことがポイントです。
この「受容」と「意図」の絶妙なバランスの中で、普段は意識の表面に現れない内なる風景、象徴的なイメージ、あるいは「知られざる現実」からの情報や感覚が、自然と浮かび上がってくることがあります。 - 観察と体験:
最初は15分程度を目安に行い、意識がどのように動き、何を感じるかを静かに観察します。
次第に、通常の物理的なデータとは異なる、内的な感覚データ(例えば、実際には鳴っていないはずの音や、目の前にないはずのイメージなど)が顕著になるかもしれません。 - 安全な帰還:
もし途中で不安を感じたり、集中が途切れたりした場合は、いつでも意識的に「ホームステーション」の「最高の焦点」に戻ることができます。
決して無理をしたり、自分を追い込んだりする必要はありません。
この探求は、常に安全で、あなた自身のコントロール下にあるべきです。
期待される効果:
このエクササイズを根気強く続けることで、あなたは徐々に他の「意識のステーション」へと近づき、異なる意識状態から知覚される現実の断片――それは時に鮮明なイメージであったり、不思議な音であったり、あるいは言葉にならない感覚であったりするかもしれません。
ただし、セスも注意を促しているように、最初は異なる「ステーション」からの情報が混ざり合い、「混線」や「ノイズ」のように感じられることがあるかもしれません。
それは、あなたの意識がまだ新しい周波数へのチューニングに慣れていないためであり、探求の初期段階ではごく自然なプロセスです。重要なのは、その体験を恐れず、好奇心を持って観察し続けることです。
これらのエクササイズは、私たちが普段、いかに限定された意識のチャンネルに無自覚に固定されているか、そしてそのチャンネルを意識的に切り替えることで、どれほど広大で豊かな知覚の可能性が開かれるのかを、私たち自身に体験的に教えてくれるのです。
夢の世界の深層探求:内なる叡智と「知られざる現実」への秘密の通路 (SESSION 710, 719, 720, 721)
セスは、夢が単なる睡眠中に起こる脳のランダムな活動や、日中の未消化な出来事の反芻に過ぎないという一般的な見解を遥かに超え、それが「知られざる現実」への重要なポータル(入口、通路)であり、私たちの内なる叡智や広大な自己と繋がるための貴重な手段であると強調します。
夢の中では、私たちの意識は日常の物理的な制約や論理的な思考の枠組みから解放され、より自由で直感的な探求が可能になるのです。
それはまるで、普段は重力に縛られている私たちが、夢の中では自由に空を飛べるようになるのに似ています。
夢の中の「悪魔」や恐怖の正体:投影された信念と向き合い、自己を理解する (SESSION 710)
多くの人が、夢の中で恐ろしい怪物や「悪魔(デーモン)」に追いかけられたり、不安に満ちた状況に陥ったりする体験をします。
セスによれば、これらの恐ろしいイメージは、「ほとんど全ての場合、夢見る人の悪への信念が即座に具現化したもの」であり、どこか別の暗黒世界から侵入してくる実体ではないと説明します。
夢の世界では、私たちの内面にある思考や感情、特に日常生活では意識的に抑圧している信念や恐れが、非常に直接的かつ象徴的な形で現れます。
ですから、夢の中に登場する「悪魔」とは、実は私たち自身の心の奥底に潜む「影」が形になったもの、あるいは私たちがまだ正面から向き合うことを避けている内なる側面(例えば、未解決の罪悪感や自己否定感など)が、ドラマチックな登場人物として擬人化されたものと言えるかもしれません。
これらの夢の登場人物や出来事を恐れるのではなく、それが何を象徴しているのかを理解しようと努めることは、自己の深層心理を探り、不要な信念やトラウマを手放し、より統合された自己へと成長するための大きな助けとなります。
サイキックな探求における「無垢な視点」の重要性:期待を手放し、純粋に体験する (SESSION 710)
セスは、夢や体外離脱といったサイキックな(精神的な、あるいは超心理的な)探求を行う際に、既存の解釈や個人的な期待によって自らの体験を「プログラム」してしまうことの落とし穴について、注意を促しています。
多くのスピリチュアルな書物や教えでは、特定の霊的階層、遭遇するであろう存在、あるいは体験すべきプロセスについて詳細に記述されています。
しかしセスによれば、そのような情報を絶対的なものとして鵜呑みにすると、私たちは無意識のうちに自ら体験の範囲を制限し、本当にそこにある豊かで多様な現実を見誤ってしまう可能性があるのです。
「あなたがそのような本を読むと、しばしばその線に沿ってあなたの活動をプログラムするかもしれません…それはまた不利益をもたらします、なぜならそれはあなたがあなた自身の独創的な概念と接触するのを妨げるからです。」
真の発見や深遠な理解は、まるで子供が初めて見るものに無垢な驚きと好奇心を向けるように、あらゆる先入観や期待を手放し、体験そのものに純粋に開かれることから生まれるのです。
自分自身の直接的な感覚と内なる声にこそ、最も信頼を置くべきだとセスは示唆しています。
実践エクササイズ紹介3~6:夢日記、夢カメラ、夢空間の拡張、夢時間の探求 (SESSION 719, 721)
セスは、夢をより意識的に探求し、その深層に隠された「知られざる現実」からの情報や洞察を引き出すための、ユニークで実践的な「練習要素」をいくつか提示しています。これらは、夢を単なる睡眠の副産物ではなく、積極的な学びと自己発見の場へと変えるためのテクニックです。
エクササイズ3:写真を用いた意識の移動 (SESSION 719)
このエクササイズの目的は、私たちの「世界観」がいかに柔軟であり、意識の焦点を変えることで異なる視点や現実認識が可能になるかを体験することです。
- 「写真の中の自己」という限定された世界の準備:
まず、自分自身の写真(実在のものでも、鮮明に心に思い描ける想像上のものでも構いません)を心に準備します。大切なのは、その写真に写る「あなた」が、明確なイメージとして捉えられることです。 - 限定された世界への意識の集中:
次に、その写真の中に写っている「あなた」の視点に、あなたの意識を集中させます。そして、その「写真の中のあなた」は、写真の四角い縁に囲まれた世界だけを認識しており、その写真の中の風景や物が、その自己にとっての全世界であると強く想像します。
写真という物理的な「枠」は、この精神的な「枠」を視覚化するメタファー(隠喩)となるのです。写真の中の自己にとって、その縁の外側は文字通り「存在しない」あるいは「認識できない」世界です。 - 「写真からの脱出」とスケール感の変容の視覚化:
次に、その写真の中の自分が、まるで生きているかのように写真から抜け出して、今あなたが実際にいる部屋や、あるいは外の風景の中を歩き回り、探索する様子を鮮明に心の中で視覚化します。
その小さな自己にとって、周囲の物は巨大に見えるであろうというスケール感の変容を意識することです。
普段見慣れた部屋が、まるで巨人の住処のように感じられるかもしれません。
期待される効果:
この想像のエクササイズを通じて、私たちは普段いかに限定された「世界観の枠組み」の中で生きているか、そして視点や意識のスケールを変えることで、同じ世界がいかに異なって知覚されるかを体験的に理解することができます。
小さな自己が広大な世界を知覚するそのギャップの感覚は、私たちの意識の柔軟性を養い、固定的な現実認識から解放される助けとなります。
エクササイズ4:夢カメラ (SESSION 719)
この「夢カメラ」というユニークなエクササイズの核心的な目的は、私たちが毎晩体験している夢という広大で謎に満ちた領域を、より意識的に探求し、そこで得られた貴重な体験や情報を、目覚めた後も鮮明な形で記憶し、自己理解や現実創造のための洞察として活用するための訓練です。
- 眠りにつく前の意図設定 – 「夢カメラ」の準備:
眠りにつく前に、「今夜見る夢の中で最も重要な場面の『スナップショット』を心の中で撮る」と自分自身に強く言い聞かせ、その意図を設定します。
心の中に高性能なカメラを持って眠りにつき、夢の中の重要な瞬間を逃さず撮影するイメージです。
この意図設定は非常に重要です。それは、あなたの無意識(潜在意識)に対して、夢の体験をより意識的に捉え、記憶するという明確な指示を与える行為だからです。心の中に、どんな複雑な夢の風景も、どんな微細な感情のニュアンスも逃さず捉えることができる「高性能なカメラ」を持っていると鮮明にイメージし、そのカメラを持って眠りにつく感覚を味わいます。このイメージングは、あなたの意識を夢探求モードへと切り替えるスイッチの役割を果たします。 - 夢の中での「シャッターチャンス」の意識化:
夢の中で、最も感情が動いた瞬間、最も鮮明なイメージを見た瞬間、あるいは何らかの重要な洞察を得たと感じた瞬間に、その「夢カメラ」でシャッターを切ることを意識します。
夢の中で「これを撮影しよう!」と意識的に思うことは、最初は難しいかもしれません。しかし、眠る前の意図設定を繰り返すことで、徐々に夢の中での自己認識(いわゆる明晰夢に近い状態)が高まり、「これは重要な場面だ」と感じる瞬間に、心の中で「カシャッ」とシャッターを切るような感覚を掴めるようになってくるでしょう。この「意識的な注目」こそが、夢の記憶を強化する鍵となります。 - そして、「その撮影した『夢の写真』を、目覚めたときに最初に思い出す心のイメージとする」と意図します。
- 夢日記への記録 – 詳細な分析と内省:
目覚めたら、すぐにその夢の風景、登場人物、交わされた言葉、そして何よりもその夢を見ていた時の感情を、できるだけ詳細に夢日記などに記録します。
期待される効果:
このエクササイズを習慣的に行うことで、あなたは徐々に、睡眠中であってもより意識的な探求者となり、夢の体験を単なる断片的な記憶ではなく、より鮮明で意味のある情報として持ち帰ることができるようになるでしょう。
ただし、セスは、夢の写真はあなたのその時の「心の天気」にも大きく左右されると注意を促しています。
例えば、気分が落ち込んでいる時に見た暗い夢が、必ずしも悲劇的な未来を予兆したり、深刻な問題を示唆したりするとは限らないことを理解しておくことが大切です。
エクササイズ5~6:夢の中の空間と時間の拡張 (SESSION 721)
これらのエクササイズは、夢の中では物理次元で私たちが体験している時間や空間の法則が、必ずしも適用されないことを体験的に理解し、意識の自由度を高めることを目的としています。
- エクササイズ5(空間の拡張):
夢の中で、自分が今いる空間(例えば、部屋や道、あるいは見知らぬ場所など)を意識的に「もっと広げてみよう」と試みます。
夢の中の窓の外を覗き込んだり、道の角を曲がってみたり、あるいは壁を通り抜けてみたりすることで、夢の空間があなたの意図に応じて無限に広がり、変化していく可能性を体験します。 - エクササイズ6(時間の拡張):
夢の中で、「この夢が始まる『前』には、一体何が起こっていたのだろうか?」と、その夢の「過去」を知ろうと強く意図します。
すると、驚くべきことに、その夢の「過去」の物語が、その問いを発した瞬間からまるで映画のシーンのようにあなたの意識の中に広がっていくのを感じられるでしょう。
これは、物理次元における「時間は過去から未来へ一方向に流れる」という私たちの強固な信念を覆す体験です。夢の中では、現在の意識の焦点が、その夢の「過去」を文字通り「創造」あるいは「引き出す」力を持っていることを示唆しています。
つまり、夢の物語はあらかじめ全て決定されているのではなく、あなたの探求の意図に応じて、その「過去」のディテールや出来事が、まるで生きているかのように紡ぎ出されてくるのです。
期待される効果:
これらのエクササイズは、夢の中では時間も空間も、私たちが物理次元で体験しているような固定的なものではなく、むしろ意識のあり方や意図によって柔軟に創造され、拡張可能であることを体験的に理解させてくれます。
この理解は、「知られざる現実」が持つ、私たちの常識を超えた非線形的な時間・空間構造への洞察を深め、私たちの創造性を刺激します。
夢の象徴とメッセージを読み解く:個人の魂の歴史との対話 (SESSION 720, 721)
セスによれば、夢の中に現れる出来事、人物、風景、あるいは奇妙な物体は、単なる偶然の産物や意味のない混乱ではなく、私たちの魂の奥深い歴史や、「知られざる自己」の様々な側面を映し出す、多層的で豊かな象徴的意味を帯びています。
夢を丁寧に記録し、その中に繰り返し現れるパターン、特に強く感情を揺さぶられる要素、そしてそれらが目覚めた後のあなたにどのような感覚を残すかを探求することで、私たちは自分自身の内なる世界について、通常では得られない深い理解を得ることができます。
夢は、時に「幻覚」のように捉えどころがなく、非現実的に見えるかもしれません。
しかしセスは、それらもまた、私たちの思考や感情が夢という独特の世界で具体的な形を成した「意識的な影」(“conscious shadows”)のようなものであると説明します。
物理世界で木の影が木の実在を証明するように、夢の中のこれらの「影」もまた、その源泉である私たちの内なる思考や感情、未解決のテーマや成長の可能性を指し示しています。
美しい夢も、時には恐ろしいと感じる夢も、全ては私たちの広大な内なる風景の一部であり、自己発見と魂の成長のための貴重な手がかりなのです。
コラム:集合的な夢の領域「内なる都市」の創造 – APPENDIX 16より
セスはAPPENDIX 16で、さらに進んだ夢の可能性として、夢の中で他者と意識的に繋がり、共同で「内なる都市」(“inner city”)のような集合的な現実を創造できることについて語っています。
これは、夢が単に個人的な内省や問題解決の場であるだけでなく、他者と意識を交流させ、共に新たな現実や学びの空間を創造するための、壮大なプラットフォームにもなりうることを示唆しています。
この「夢の都市」は、個々の信念や象徴が自由に飛び交い、互いに影響を与え合いながら進化していく、まさに生きた学びの場であり、私たちの隠された共同創造の能力を刺激する、壮大なプロジェクトとなり得るでしょう。
「世界観」という名のレンズ:死者とのコンタクトと意識の連続性の探求 (SESSION 718)
私たちは皆、意識的あるいは無意識的に、独自の「世界観」という名のレンズを通して現実を認識し、解釈しています。
この個人的なフィルターは、私たちの体験の質を大きく左右します。
セスは、この「世界観」の重要性を説き、それが私たちの知覚をどのように形作るか、そしてその枠組みを柔軟にすることで、従来の「死者とのコミュニケーション」とは異なる、新たな意識の繋がりや「知られざる現実」の側面がどのように開かれるかを明らかにします。
あなたが世界を見るレンズ:「世界観」とは何か? (SESSION 718)
「世界観」(“world view”)とは、文字通り、私たちがこの世界を「どのように見ているか」という、個人的な認識の基本的な枠組みやフィルターのことです。
それは、私たちが育ってきた環境、受けた教育、文化的な背景、個人的な体験、そして何よりも私たちの根深い信念体系など、数多くの要素が複雑に絡み合って形成されます。
この「世界観」は、何に価値を置き、何を真実とみなし、どのように感じ、どのように行動するかといった、現実に対する私たちの基本的なスタンスを決定づけます。非常に強力なレンズであり、多くの場合、私たちは自分が特定の色のついたレンズを通して世界を見ているという事実にすら気づいていないかもしれません。
この個人的な「世界観」を自覚し、それが本当に自分自身の望む現実と調和しているのかを吟味することが、意識的な現実創造の第一歩となります。
故人の世界観へのアクセス:セスが語るウィリアム・ジェームズとの「意識の共鳴」 (SESSION 718)
セスは、この「世界観」という概念を鍵として、一般的に「死者とのコミュニケーション」と呼ばれる現象に、非常にユニークで深遠な光を当てます。
彼がSESSION718で詳細に語ったのは、チャネラーであるジェーン・ロバーツが、アメリカの著名な心理学者であり哲学者でもあった故ウィリアム・ジェームズの「世界観」にアクセスしたという、注目すべき事例です。
セスによれば、この時ジェーンは、一般的に想像されるような形でジェームズの「霊」と直接交信したわけではありません。
むしろ、ジェームズが生前抱いていた、あるいは彼の意識がその死後も何らかの形で保持し続けている特定の思考パターン、感情の質、そして現実認識の枠組み、すなわち彼の「世界観」の持つ特有のエネルギー的な周波数に、ジェーン自身の意識が深いレベルで同調し、共鳴したのだといいます。
それはまるで、特定のラジオ番組が持つ独自の周波数に、自分の受信機のダイヤルを正確に合わせることで、その番組の内容を受信できるようになるプロセスに似ています。
このことから、私たちが「死者」と呼ぶ存在は、単に肉体の死と共に消滅するのではなく、その意識や「世界観」が、ある種の精妙なエネルギー的な実体として、時空を超えて存続し、特定の条件下(例えば、深い共感や関心、あるいは意識の特定の状態)では、生きている者の意識とも共鳴し、情報を交換しうる可能性が示唆されるのです。
これは、従来の霊媒現象や死生観に一石を投じるものであり、意識の連続性、時間と空間を超えた情報場の存在といった、より広大で多次元的な宇宙観を私たちに垣間見せてくれます。
「善悪」の二元論を超えて:固定観念がサイキックな探求に与える影響 (SESSION 718, 719)
私たちの「世界観」は、物事を「善いこと」と「悪いこと」に分けて判断する、二元的な価値観にも深く影響されています。
しかしセスは、このような硬直した善悪の概念が、夢の解釈や意識のより深い領域への探求を、いかに制限し、時には歪めてしまう可能性があるかについて警告を発します。
例えば、私たちが社会的な規範や個人的な信念に基づいて「悪い」あるいは「受け入れがたい」と判断し、日常生活において意識的に、あるいは無意識的に抑圧している感情(怒り、悲しみ、嫉妬など)や信念(自己否定、無価値観など)は、夢の中や変性意識状態において、しばしば象徴的で、時には恐ろしい、あるいは非常に歪んだ形で現れることがあります。
これらの現象は、単に不快な体験として片付けられたり、ネガティブなものとして排除されたりすべきではありません。
むしろ、それらは私たちがまだ十分に統合できていない自己の「影」の側面や、解放されることを待っている内なるエネルギーが、私たちに何を伝えようとしているのかを理解するための、非常に貴重な手がかりとなるのです。
真のスピリチュアルな探求とは、光輝く側面だけでなく、このような一見暗く見える「影」の部分をも勇気をもって見つめ、受容し、理解しようとするところから始まるのだと、セスは教えてくれているのかもしれません。
コラム:ジェーン・ロバーツの神秘主義と個性 – APPENDIX 15より
チャネラーであるジェーン・ロバーツ自身もまた、既存の宗教的・スピリチュアルな権威や枠組みに対して、常に批判的な吟味の目を向け、自己の直接的な体験と内なる声にどこまでも忠実であろうとした、稀有な探求者でした。
APPENDIX 15に収録されている彼女の力強いエッセイ「神秘主義と個性」では、一部のスピリチュアルな教えに見られる安易な自己放棄や没個性化を求める風潮に対し、個々の魂が持つかけがえのない独自性と、この物質世界での生の体験が持つ根源的な神聖さを、情熱的に主張しています。
彼女の言葉は、私たち一人ひとりが、外部の権威や流行に惑わされることなく、自分自身の内なる真実を探求し、独自のスピリチュアルな道を歩む勇気を与えてくれるでしょう。
中編の最後に
この中編では、セスが示す「意識の航海術」に焦点を当て、「知られざる現実」へとアクセスし、その深淵を探求するための具体的なアプローチと実践方法を詳細に見てきました。
次の記事である後編では、セスの教えのさらに奥深い核心へと分け入り、時空を超えた自己の謎――輪廻転生、カウンターパート、そして意識の家族といった、私たちの存在の根幹に関わる壮大な概念――そして宇宙の根源的な真理に迫ります。