「私はどこから来て、どこへ向かっているのか?」
前編では「宇宙のパルス(点滅)」と「思考の物質化」について学び、中編では「肉体という細胞のゲシュタルト」と「病気の真実」について掘り下げてきました。
私たちは、自分が単なる物質的な存在ではなく、エネルギーを操る指揮者であることを知りました。
しかし、知覚が拡大するにつれ、さらなる根源的な問いが浮かび上がります。
この膨大なエネルギーの源は何なのか?
そして、なぜ「私」という意識はこの広大な迷彩(宇宙)の中に存在しているのか?
『セスブック 初期SESSION 第3巻』の後半(Session 121-148)において、セスはついに、私たちが「神」と呼んできた存在の正体「すべてなるもの(All-That-Is)」の神秘について語り始めます。
そこには、宗教的な審判や罰など存在しません。
あるのは、自らを表現したいという切実な「愛」と、無限の可能性を形にしようとする「創造の熱狂」です。

本記事のラジオ形式の音声版をご用意いたしました。
文章を読む時間がない時や、リラックスしながら内容を深く味わいたい時などにご活用いただければ幸いです。

1. あなたは孤独な個人ではなく、宇宙の源流から伸びた「神の指先」である [Session 126, 139]
セスの思想における究極の真理は、「あなたは、すべてなるもの(All-That-Is)が自らを知るために送り出した、独立した意識の探求者である」という点に集約されます。
私たちは、宇宙という大海に放り出された無力な一滴ではありません。
海全体が「一滴」という形をとって、自分自身の波打ち際を体験しているのが、今のあなたです。
セッション139において、セスは私たちを「神の卵(Gods in the making)」と呼びました。
これは、現代のチャネリング情報であるバシャールが説く「あなたは自らの現実の創造主である」という原則とも深く共鳴する、パワフルな真実です。
私たちは現在、物理的迷彩という制約のある教室で、自分のエネルギー(思考や感情)がどのように現実を編み上げるかを学んでいる「見習い創造主」なのです。
この自覚を持つとき、人生のあらゆる苦難は「不幸」ではなく、創造のスキルを磨くための「神聖な演習」へと姿を変えます。
2. 「すべてなるもの(All-That-Is)」の孤独と創造のドラマ [Session 126, 127, 138]
セスは、宇宙の源流である「すべてなるもの(All-That-Is)」を、宗教的な人格神としてではなく、絶えず自己変革し、拡大し続ける「精神的なエネルギーのゲシュタルト」として定義します。
それは静止した完成体ではなく、常に自らの内側に無限の「生成」を孕んだ、生きたエネルギーの総体です。
創造の動機:表現できない苦しみと愛 [Session 127]
なぜ、すべてなるものはこの宇宙を創ったのでしょうか?
セスは非常に人間的な、しかし深遠な比喩を用います。
それは、「形を与えられない可能性」を抱える苦痛から始まったというのです。
これは、私たちの知る「欠乏」による苦しみではなく、あまりに巨大な「可能性」が噴出先を求めて内側から突き上げてくる、創造的な陣痛のようなものでした。
- 内なる圧力:
すべてなるものの内側には、無限のアイデア、無限の人格、無限の宇宙のビジョンが、現実化を待つマグマのように渦巻いていました。
しかし、それらはまだ単なる「可能性の影」に過ぎず、実際に生きて呼吸し、自ら選択を行い、驚きを経験する「独立した意識」ではありませんでした。
この「まだ実現していない膨大な価値」を抱え続けることは、すべてなるものにとって耐え難いほどの重圧であり、同時に、それらを愛し、形を与えたいという究極の愛の動機となったのです。 - 究極のジレンマ:
自分の内側にある素晴らしい可能性を、実際に「生きた現実」として解き放ちたい。
しかし、ここに大きな矛盾が生じます。
真の意味でそれらを「生かす」ためには、それらが単なる傀儡や影であってはならず、自らの一部でありながらも「自立した意志」を持ち、自分(源流)から切り離されたように感じ、自分自身の物語を自発的に紡ぎ出す必要があったのです。
これは、すべてなるものが「自らを忘れる」というリスクを負ってでも、自らの一部を「他者」として誕生させるという、究極の自己犠牲と信頼のドラマでした。

私たちは「すべてなるもの」の呼吸である [Session 138]
この壮絶な葛藤の果てに、すべてなるものは自らを無数の断片(エンティティや人格)へと分割し、物理的迷彩の世界へと送り出しました。
このプロセスは、宇宙規模の「呼吸」のような循環として現在も続いています。
私たちが肉体的な生命を維持するために呼吸するように、すべてなるものもまた、自らの断片を未知の領域、未踏の次元へと送り出し(呼気)、そこで得られた瑞々しい、予測不可能な経験を自分自身へとフィードバックする(吸気)ことで、絶えず自己を更新し、拡大し続けています。
つまり、あなたの人生における喜び、悲しみ、葛藤、そして日常の些細な気づきのすべてが、単なる個人的な出来事ではありません。
それは宇宙の源流にとって、自らの可能性が「実際にどう機能したか」を教えてくれる「新しい栄養」であり、すべてなるものがさらに広大で深い存在へと進化するための、かけがえのない成長の糧となっているのです。
あなたの経験が一つ増えるごとに、宇宙全体の質的な豊かさが一段階引き上げられているのです。
3. 多次元的な自己:エンティティ(本体)と断片の統合 [Session 124, 147]
私たちが日常的に「私」と呼んでいるこの人格は、魂の全貌ではありません。
セスが解き明かす自己の構造は、物理的な家系図よりもはるかに複雑で、ダイナミックな多次元的ネットワークを形成しています。
エンティティという「魂の本体」 [Session 124]
あなたの背後には、「エンティティ(Entity)」と呼ばれる、より広大で永続的な意識の本体が存在しています。
エンティティは、特定の時代や性別、役割に固定された存在ではなく、それらすべてを包含し、監督する「大いなる自己」です。
- 同時進行の人生(広大なる現在):
エンティティの視点から見れば、時間は直線的ではありません。
エンティティは、異なる時代、異なる性別、そして異なる確率的現実に、複数の「断片(人格)」を同時に投影しています。
あなたが「今」この人生を生きているのと全く同じ瞬間、別の時代の「別のあなた」もまた、それぞれの場所で呼吸し、葛藤し、成長しています。
これらは過去生や未来生という逐次的なものではなく、巨大な意識の扇が開かれているように、すべてが「今」同時進行で経験されているのです。 - 価値の探求者:
なぜこれほど多くの人生を同時に送るのでしょうか。
それは、一つの肉体、一つの社会的立場だけでは、「価値の成就」という宇宙的使命を全うできないからです。
ある人生では「愛」を学び、別の人生では「権力」の扱いを学び、また別の人生では「孤独」の深さを知る。
エンティティはこれらの多様な視点を統合することで、単一の人格では決して到達できない、深遠な意識の拡大を達成しようとしているのです。

情報の交差点:人格間の「浸透」
これらの断片人格たちは、決して断絶された孤島ではありません。
彼らは共通の源泉(エンティティ)を通じて、常にエネルギーと情報を交換し合っています。
この情報の流れは「心理的な浸透(Psychological Leakage)」と呼ばれ、私たちが意識していない領域で絶え間なく行われています。
- 直感とひらめきの源:
今、あなたが感じている説明のつかない直感や、ふとした瞬間に湧き上がる「以前ここに来たことがあるような感覚(デジャヴ)」、あるいは理由のない親近感や恐怖心などは、別の次元や時代を生きている「別の自分」からの情報の漏れ出しです。
例えば、一度も訪れたことがない国の景色に強い郷愁を感じる場合、それは別の確率的現実や時代で、その場所を愛している「あなた自身」の感情が流れ込んでいるのかもしれません。
それはエゴが解釈しきれない「魂の記憶」の断片なのです。 - スキルの共有と才能の開花:
練習したことがないのに特定の分野で驚くべき勘の良さを発揮したり、特定の文化や技術に強く惹かれたりすることも、多次元的な自己が培った経験が、あなたの現在の意識に電磁的なシグナルとして流れ込んでいる証拠です。
これは一種の「魂の情報の共有」であり、エンティティという巨大なサーバーに蓄積された膨大な「叡智のライブラリ」に、今のあなたがアクセスしている状態と言えます。 - 夢を通じた相互作用:
私たちは睡眠中、エゴの防衛が緩むため、これらの他の自己とより直接的に出会うことがあります。
夢の中で全く違う職業に就き、家族を持ち、リアリティのある生活を送っている自分を見るのは、単なる想像力の産物ではなく、エンティティの別の側面との合流であることが多いのです。
このように、人格間の浸透は、私たちが孤独な戦士ではなく、常に「多次元的な自分たちのチーム」によって支えられ、情報を共有し合っている存在であることを教えてくれます。
この目に見えない繋がりを自覚することで、私たちは「未知の自分」が持つ無限のリソースを、より能動的に人生に引き込むことができるようになるのです。

「自己への信頼」が多次元の扉を開く [Session 147]
セスは、私たちがこの多次元的な知恵や、エンティティの無限の活力にアクセスするための唯一にして最大の条件は、「現在の自分を完全に信頼し、肯定すること」だと説きます。
神聖な特派員:
あなたは「本体」から切り離された孤独な孤児ではなく、最前線に派遣された「特派員」であり、背後には常に最強のバックアップが存在しています。
現在のあなたのエゴ(自我)が、その「多次元的な繋がり」を認め、信頼し、委ねることができたとき、あなたの日常生活には、人知を超えたシンクロニシティと、尽きることのない活力が溢れ出すようになるのです。
受容のバルブ:
多くの人が、「自分は未熟だ」「もっと別の誰かになりたい」と自分を否定しがちです。
しかし、セスによれば、自分を疑うことは、エンティティというダムからの情報の門を自ら閉ざすことに等しい行為です。
あなたが自分の内なる直感に従い、今のありのままの自分を尊い存在として受け入れるとき、その肯定的なエネルギーがバルブとなり、エンティティからの強力なエネルギーがスムーズに流れ込み始めます。
4. 進化の究極目的:「価値の成就(Value Fulfillment)」 [Session 128, 139]
宇宙には「進化」という目的がありますが、それは私たちが考える「弱肉強食」や「競争」による向上とは全く異なります。
量的拡大ではなく「質的豊かさ」 [Session 128]
セスの説く進化とは、「価値の成就(Value Fulfillment)」です。
これは、あらゆる存在(原子から銀河まで)が、自らの内に秘められた「独自の色や質感」を、最大限に表現しきること。
そして、その表現を通じて、周囲の他の存在の価値をも高めることを意味します。
現代のチャネリング情報であるバシャールが説く「ワクワク(情熱)」は、まさにこの価値の成就の方向を指し示す精密なコンパスとして機能します。
ワクワクを感じる選択をすることは、あなたのエンティティが望む質的拡大のルートに、今すぐ意識の焦点を合わせる行為に他ならないからです。
- 協力のダンス:
セスによれば、宇宙の本質は競争ではなく「協力」です。
あなたが自分の才能を開花させることは、誰かの居場所を奪うことではありません。
むしろ、あなたが輝くことで、宇宙全体のエネルギー密度が高まり、他のすべての存在がより輝きやすくなるのです。

物質界での責任:エネルギーの管理 [Session 139]
私たちがこの迷彩世界にいる最大の理由は、「自分のエネルギー(思考)に責任を持つこと」を学ぶためです。
バシャールの「あなたの信念(ビリーフ)が現実を決定する」という公式も、このエネルギー管理の重要性を説くセスの教えを現代的に裏付けるものです。
もし、私たちが非物質的な世界で思考を即座に100%物質化できてしまったら、未熟な私たちは一瞬で自分自身を破壊してしまうでしょう。
この物理次元には「タイムラグ(時間の遅れ)」というブレーキがあります。
このブレーキがあるからこそ、私たちは「これは無理だ」といった制限の信念(迷彩)を現実へと書き込み続けていないか、自らの思考がもたらした結果をじっくりと観察し、修正・学習することができるのです。
5. 実践:多次元的な創造主として今を生きる [Session 141, 146, 148]
第3巻の結びに、セスは私たちが物理的法則さえも超越できる可能性について触れています。
これまでの教えは、単なる知的な満足のためのものではなく、私たちの「生きる術」を根本から書き換えるための実践的なテクノロジーなのです。
言葉を超えた共鳴 [Session 141]
私たちは普段、言葉によるコミュニケーションに依存していますが、セスは真の交流が「本質の共鳴(Resonance of Essence)」において行われることを明かします。
- 迷彩を透過して見る:
例えば、目の前の相手と意見が衝突し、その人物を「問題のある、許しがたい相手」として捉えているとき、私たちは相手の「迷彩(人格の表面的な側面)」に捕らわれています。
しかし、焦点を深めると、驚くべき変化が起こります。
例えば、職場例(高圧的な上司)は 敵ではなく、不器用ながら「権力の扱い」を学んでいる魂、その背後の不安に気づけば、恐れは消えます。
家族(頑固な親・パートナー)は自立を促すために、あえて嫌な役を演じている「魂の協力者」、愛の意図を知れば、感情的な反応は不要になります。 - 癒やしのテレパシー:
あなたが相手の「多次元的な本質」を信頼して関わるとき、そこには言葉を超えたテレパシー的な理解の回路が開かれます。
相手のエゴがどんなに頑なであっても、その内なる自己はあなたの「共鳴」を受け取り、関係性は物理的な迷彩のレベルを飛び越えて、内側から癒やされ始めます。
他者のエンティティの美しさを認めることは、あなた自身の多次元性を開花させることでもあるのです。

信念による老化と制約の超越 [Session 146]
「人は年老い、衰えていくものだ」「重力や物理的な壁は絶対的な境界線である」という信念は、あまりに共通認識として強固であるため、私たちはそれを「不変の法則」だと思い込んでいます。
しかしセスによれば、これらさえも実は意識がこの物理次元を維持するために採用している「合意されたルール」に過ぎません。
- 純粋エネルギーとしての自己:
中編で学んだ「内的振動(パルス)」の概念を思い出してください。
老化とは、一瞬一瞬新しく更新されるパルスの中に、私たちが「昨日よりも衰えた自分」という古いイメージを無意識に繰り返し書き込み続けている結果です。
もし、あなたが「自分は昨日までの自分を継続している固定物ではなく、今この瞬間に源泉から新しく、完璧な状態で更新され続けている純粋なエネルギーである」という信念を、文字通り細胞レベルのパルスにまで浸透させることができれば、老化というプロセスの性質そのものを根本から変えることができます。
すべての点滅(パルスのオンの瞬間)は、あなたという存在を完全に「再起動(ファクトリーリセット)」するチャンスなのです。 - 物理的制約の柔軟性:
自らの本質がエネルギーであることを真に理解すれば、肉体は重たい荷物ではなく、自由自在な光の表現へと変わります。
例えば、重力を「自分を縛り付ける足かせ」と見るのではなく、「エネルギーを物質として安定させるための心地よい抵抗(ダンスのパートナー)」と捉え直すことで、実際の肉体の足取りは驚くほど軽やかになります。
物理的な制約を「障害」ではなく、ダンスのステップのような「表現の素材」として柔軟に受け流すことができるようになります。
老化の速度を遅らせ、活力を維持する真の鍵は、社会が押し付けるカレンダーという迷彩を脱ぎ捨て、自らの内的振動数を「今、ここ」の創造的な周波数へと高め続けることにあるのです。
6. まとめ:終わりなき創造の冒険へ [Session 148]
『セスブック 初期SESSION 第3巻』全3部作を通して、私たちは多次元的なリアリティのパズルを完成させました。
- 前編: 現実は「点滅するパルス」であり、思考は「電磁的な強度(Intensity)」によって物質化する。
- 中編: 肉体は「細胞の協力体制」であり、不調は「精神の硬直」が生んだメッセージ。
- 後編: 私たちは「すべてなるもの」の一部であり、価値の成就を目指して確率論的宇宙を旅する「神の卵」である。
セスは第3巻の最後で、私たちの旅が決して行き止まりに突き当たることのない、無限のプロセスであることを高らかに宣言します。
意識は常に流動的であり、固定された終わり、つまり完成された終着点など、この広大な宇宙のどこにも存在しません。
私たちはしばしば、人生を「深刻な課題の処理」や「死へのカウントダウン」のように捉えてしまいますが、私たちが「神の卵」としての自覚を持ったとき、人生は究極の「創造的な遊び(Creative Play)」へと変容します。
あなたは今、一つの人生を終わらせるために努力しているのではありません。
一つの人生というフレームを通して、自分自身の無限の可能性を試し、新しい価値を成就させようとしている永遠の旅人なのです。
このすべての知識が指し示しているのは、あなたの「自発性(Spontaneity)」の回復です。
あなたが「自分は環境の犠牲者だ」という古い迷彩を脱ぎ捨て、自らの思考という筆で、一瞬一瞬新しく点滅するキャンバスに「喜び」を描き始めるとき、すべてなるものはあなたを通じて、新しい自分を発見します。
あなたは、宇宙に愛され、宇宙に必要とされ、宇宙そのものとしてここにいます。
新しい現実は、あなたの次の思考から始まります。
参考・引用情報源:
- [参考: 書籍『The Early Sessions: Book 3 of The Seth Material』 Jane Roberts著 / Robert F. Butts記録]
- [参考: レポート『バシャール:専門的知識と宇宙史に関するレポート』]
- [参考: セス・ネットワーク・インターナショナル 公式サイト]
- [参考: セスブック解説シリーズ(第1巻・第2巻)]