セスブック8『精神の本質』要約と解説【前編】〜時空を超える精神の構造と「目覚めた夢」の秘密〜

※ 当サイトはアフェリエイト広告を利用しています。

「本当の自分とは何か?」
「この広大な宇宙の中で、私の存在にはどんな意味があるのだろう?」

 古今東西、多くの人々が抱いてきたこの根源的な問い。
 私たちは普段、目に見える物理的な世界だけが現実であり、自分という存在もこの肉体と意識の中に限定されていると考えがちです。
 しかし、もしその常識を覆す、もう一つの広大な「内なる宇宙」が存在するとしたら…?

 この記事は、20世紀最高の形而上学テキストと名高い「セスブック」シリーズの中から、特に難解かつ深遠な一冊である『精神の本質(The Nature of the Psyche)』を、全3回のブログ記事で要約・解説していく試みの【前編】です。

 著者はジェーン・ロバーツ。
 彼女がトランス状態に入り、「セス」と名乗る非物質的な存在から口述された内容を、夫のロバート・バッツが記録したものが「セスブック」です。
 
 その内容は、意識、現実の創造、死後の生、輪廻転生、神の概念など、形而上学のあらゆるテーマを網羅し、世界中の探求者たちに絶大な影響を与えてきました。

 この【前編】では、本書の第1章から第3章までを扱い、私たちの本質である「精神(プシュケ)」とは一体何なのか、その驚くべき構造と、私たちが毎夜体験している「夢」が持つ本当の意味、そして私たちの現実を形作る「時間なき組織原理」について、セスの言葉を紐解いていきます。

本記事のラジオ形式の音声版をご用意いたしました。
文章を読む時間がない時や、リラックスしながら内容を深く味わいたい時などにご活用いただければ幸いです。

目次

精神の環境 – あなたの内なる無限の領域

 私たちは普段、自分自身を「この肉体の中にいる私」と認識し、その外側に広がる世界を「環境」と捉えています。
 しかしセスは、その認識自体が、私たちが慣れ親しんだ物理次元という、ごく限定的な視点に過ぎないと語り始めます。

 セスが本書で用いる「精神(プシュケ)」という言葉は、単なる心や意識を指すものではありません。
 それは、私たちの個性を内包し、時間と空間を超えて存在する、より広大で根源的な自己そのものです。
 魂(ソウル)や実体(エンティティ)といった言葉も、このプシュケの異なる側面を表現しようとする試みに他なりません。
 そしてセスは、この精神を理解するための最初の鍵として、衝撃的な比喩を提示します。

 地球に様々な環境があるように、精神にも様々な環境がある。
 異なる大陸や半島があるように、精神もまた様々な形をとる

 つまり、精神とは単一の何かではなく、それ自体が多様な領域、次元、風景を持つ広大な「環境」なのです。
 私たちが「自分」と認識している現在の意識は、その広大な環境の中の一つの国、一つの町に住んでいるようなものだと言います。
 私たちは、自分が住む町以外の風景を知覚できなくても、海の向こうに別の大陸が存在することを当たり前に受け入れています。
 それと同じように、私たちの精神には、現在の私たちが認識できない、無数の「別の領域」が存在しているのです。

さらにセスは、このプシュケの各領域では、私たちが知る物理法則が通用しないと述べます。

 あなたが車を運転していると、ある小さな町では制限速度が他の町よりずっと遅いことに不満を覚えるかもしれない。
 同じように、精神の異なる部分は、それぞれ独自の現地の法則、異なる種類の統治形態と共に存在している

 あなたが精神の内なる旅に出たと想像してみてください。
 ある領域に足を踏み入れると、あなたの腕時計は逆回転を始め、別の領域では猛烈な速さで進むかもしれません。
 あるいは、時計自体が石のように重くなったり、羽のように軽くなったりして、時間を読むことすらできなくなるかもしれない、とセスは語ります。

 これは、私たちの時間感覚が絶対的なものではなく、意識がチューニングする特定の「現実の周波数」に依存していることを示唆しています。
 精神は、私たちが「公式」と認めている法則に縛られず、無数の現実システムに対応する能力を内包しているのです。

 このような精神の性質を理解すると、輪廻転生という概念も違って見えてきます。
 私たちはよく「前世でこうだったから、今世はこうなっている」という直線的な因果関係で考えがちです。
 しかしセスは、それは精神の多次元的な性質を、「時間」という一本の物差しで無理やり測ろうとする試みに過ぎないと言います。

 セスはこれを、一枚の巨大なキャンバスに同時に絵を描く画家に例えます。

「あなたはインスピレーションに満ちた画家だ。目の前にはキャンバスがあり、あなたはその全面に同時に取り組んでいる。…(中略)…キャンバスのある部分に一筆加えると、全体のすべての関係性が変化しうる」

 この絵画では、描かれた人物が画家自身に話しかけ、絵の中から外の世界を眺め、さらには自分たちもまた別の絵を描き始めます。
 そして画家は、自分自身もまた、より大きな絵画の中に描かれた存在であることに気づくのです。

 この複雑で美しい比喩が示すのは、私たちの「今世」も「過去世」も「未来世」も、実は同時に存在し、相互に影響を与え合っているということです。
 精神の本質は、時間的な連続性の中にあるのではなく、すべての可能性が同時に存在する、創造的な「今」にあるのです。

あなたの夢見る精神は目覚めている – 夢こそがもう一つの現実

 前項目プシュケの広大さが示された後、セスは次に、その領域にアクセスするための最も身近な扉、すなわち「夢」へと私たちの意識を導きます。
 一般的に、夢は非現実的で曖昧なものと見なされがちですが、セスはその常識を根底から覆します。

 私たちが夢を支離滅裂だと感じるのは、覚醒時の意識の「組織原理」を、そのまま夢の世界に当てはめようとするからです。
 覚醒時の現実は、時間的・空間的な連続性や、明確な因果関係といったルールに基づいて組織されています。
 しかし、夢の世界は前項目で述べたように、感情や連想といった、まったく異なるルールで組織されているのです。 
 
 セスは、この違いをテレビに例えて説明します。

「あなたの夢見る精神は、あなたが普通の覚醒生活でいるのと同じくらい、実は目覚めているあなたが通常の覚醒現実を扱っているとき、あなたはプシュケに本来備わっている多くのレベルのうちの一つで、活動している。…(中略)…あなたが夢を見ているとき、あなたは他の現実のレベルを体験している」

 覚醒時の私たちが、一つのテレビチャンネル(物理現実)に固定された番組を観ているのだとすれば、夢を見ている私たちは、リモコンを手に、時空を超えた無数のチャンネルを自由にザッピングし、様々な番組(他の現実)を体験しているようなものなのです。

 この「夢=別チャンネル」という視点に立つと、夢の中で起こる不思議な体験にも説明がつきます。
 夢の中で、亡くなったはずの家族と再会したり、まだ生まれていない子供と出会ったり、あるいは自分自身が全く別の人間として生きていたりする体験。これらは単なる幻想ではありません。

「精神は時間に縛られていない。あなたの視点から見れば、あなたの死はすでに起こっている。それでも、その視点から見れば、あなたの誕生はまだ起こっていない、ということもまた真実なのだ」

 精神にとって、過去・現在・未来は同時に存在します。
 そのため、夢という精神の領域にアクセスしたとき、私たちは時間という制約から解放され、「いわゆる生者と、いわゆる死者が自由に混じり合う」ことが可能になるのです。
 夢の中での出会いは、私たちが認識している人生という枠組みを超えた、より広大な自己の側面との再会なのです。

セスは、夢が持つ実践的な力についても言及しています。

「あなたの夢の中で、あなたはしばしば自分の身体的な困難の原因をはっきりと見て、それを意識的に利用できる治療法を始める。しかし、目覚めるとあなたは忘れてしまう」

 夢の中では、私たちはより根源的な自己の知恵にアクセスし、心身の不調の原因やその解決策を直感的に受け取ることがよくあります。
 しかし、覚醒した途端、「夢は非科学的だ」という信念のフィルターを通してその情報を無視してしまうのです。

 もし私たちが夢からのメッセージにもっと注意を払い、それを記録し、覚醒時の自分と対話させるなら、それは最高の予防医学となり得ます。
 夢日記をつけたり、夢で見たシンボルについて考えを巡らせたりすることは、私たちが本来持っている自己治癒能力を呼び覚ますための、非常に有効な手段と言えるでしょう。

感情の連想 – 時間を超えた精神の組織原理

 精神の広大な環境と、夢という扉について理解したところで、セスはさらに核心へと踏み込みます。
 それは、精神が情報を組織し、現実を創造する際の、根本的な「OS(オペレーティングシステム)」とも言える原理です。

 私たちの覚醒時の意識は、物事を時間的な順序、つまり「Aが起きたからBが起きた」という因果関係で理解しようとします。
 しかし、精神の組織原理は全く異なります。

「精神は主に連想プロセスを扱う。…(中略)…時間というものは、その枠組みの中ではほとんど意味をなさない。連想は、言うなれば、感情的な経験によって結びつけられている」

 例えば、あなたが叔母からの手紙を受け取ったとします。
 その瞬間、あなたの心には、子供時代に叔母を訪ねた記憶、叔母の家の匂い、来年計画しているヨーロッパ旅行への期待、といった様々な思考やイメージが、時間軸を無視して一斉に浮かび上がります。
 この時、あなたの思考を繋いでいるのは「時間」ではありません。

 それは、手紙によって引き起こされた「懐かしさ」「愛情」「期待」といった**「感情」**です。

 この感情を中心としたネットワークこそが、精神が用いる「連想(アソシエーション)」という組織原理なのです。

 夢が支離滅裂に見えるのも、この連想の法則に従っているからに他なりません。

 この「連想」の原理を理解すると、驚くべき可能性の扉が開かれます。
 セスは、精神の領域には、まるで巨大な図書館のように、人類が経験してきた(あるいはこれから経験するであろう)あらゆる知識や文化、芸術、科学のパターンが存在していると語ります。

「精神の領域には、知識、文化、文明、個人的および集団的な達成、科学、宗教、技術、芸術のすべてのパターンが、同じように存在している」

 そして、これらの広大な知識にアクセスする鍵もまた、「連想」です。強い**「欲求」「愛」「意図」「信念」**といった感情的なエネルギーが、この図書館から必要な情報を引き出すための強力な磁石となるのです。

 セスは、ジェーン・ロバーツ自身が、画家セザンヌの絵画に対する深い愛情と探求心によって、セザンヌの芸術観に関する情報を「自動書記」の形で受け取った事例を挙げます。
 これは、特別な能力ではなく、強い意図さえあれば誰にでも可能だとセスは言います。
 例えば、音楽家になりたいと強く願う人は、眠っている間に過去の偉大な音楽家たちの「世界観」に同調し、目覚めたときに新たなインスピレーションとしてそれを受け取ることができるのです。

 では、どうすればこのプシュケの連合的な組織原理を体験し、その恩恵を受けることができるのでしょうか?

 セスは、理屈で理解するだけでなく、実際に「体験」することの重要性を強調し、いくつかの創造的なエクササイズを提案しています。
 これらは、固定化された私たちの知覚を揺さぶり、意識を拡大するための、いわば「意識のストレッチ」であり「聖なる遊び」です。

 これらのエクササイズに共通する目的は、因果律や時間的順序に縛られた「左脳的」な意識モードから、連合的で直感的な「右脳的」な意識モードへと、意図的にスイッチを切り替える訓練にあります。
 この「遊び」を通して、私たちは精神本来の言語に親しみ、その広大な領域からインスピレーションを受け取る回路を開いていくことができるのです。

  • エクササイズ1:感情の連想ゲーム

     次に強い感情(喜び、怒り、懐かしさ、不安など)が湧き上がったとき、それを無理に抑えたり分析したりせず、ただその感情の波に乗ってみましょう。
     そして、その感情に任せて、心に浮かぶあらゆる出来事やイメージを自由に連想させてください。
    • 実践のヒント:
       例えば「懐かしさ」を感じたら、子供の頃の夏休み、数年前の旅行、昨日見た映画のワンシーンなどが、時間軸を無視して現れるかもしれません。
       その繋がりを追いかけ、「なぜ今、この記憶が?」と問うてみてください。
       そこには、あなた自身も気づいていない、現在のあなたにとって重要なテーマや信念が隠されていることがあります。
       このゲームは、感情が時間を超えた情報のナビゲーターであることを体感させてくれます。

  • エクササイズ2:人生の絵画ゲーム
     あなたの人生における重要な出来事(5〜7つ程度)を、一枚の大きな絵画に描かれた複数の場面として心に思い浮かべます。
     まずは、時系列に沿って、漫画のコマのように左上から右下へと並べてみましょう。それがあなたの「公式な自伝」です。
      次に、そのコマの順序を大胆に入れ替えてみます。
     例えば、一番最近の出来事を最初に置き、子供時代の出来事を最後に置いてみる。あるいは、成功体験と失敗体験の順番を逆にしてみる。
    • 実践のヒント:
       この意図的なシャッフルは、「あの失敗があったから、この成功がある」といった直線的な物語を解体します。
       すると、各出来事が独立した輝きを放ち始め、時間という固定観念から解放された、新しい人生の物語が見えてきます。
       過去は固定されたものではなく、現在の視点から常に再解釈され、新しい意味を与えられる流動的なものであることを実感できるでしょう。

  • エクササイズ3:夢の創造ゲーム
     眠りにつく前のリラックスした時間に、意識的に「今から夢を創る」と自分に言い聞かせます。
     これは予知夢を見ようとする試みではありません。
     目的は、創造のプロセスそのものを楽しむことです。
     最初に心に浮かんだ思考やイメージ(例えば「青い扉」)をスタート地点として、そこから白昼夢のように自由に物語を展開させていきます。「この扉の向こうには何があるだろう?」「誰が出てくるだろう?」と、好奇心に任せて心の筆を動かしてみましょう。
    • 実践のヒント:
       このゲームのコツは、「上手くやろう」とか「意味のある物語にしよう」と考えないことです。
       子供が砂場で遊ぶように、ただ無心に、現れては消えるイメージの流れを楽しみます。
       これは、私たちが無意識のうちに毎瞬行っている「現実の創造」という行為を、意識的な遊びの領域に持ち込む訓練です。
       この練習を重ねることで、現実世界においても、より創造的で柔軟な視点を持つことができるようになります。

 これらのエクササイズは、一見すると単なる空想遊びのように思えるかもしれません。
 しかし、その本質は、思考の厳格な支配から心を解放し、精神本来の持つ流動性、創造性、そして遊び心を取り戻すことにあります。
 この「遊び」こそが精神の自然な言語であり、それを通して私たちは、忘れかけていた内なる広大な領域との繋がりを再び見出すことができるのです。
 言語に親しみ、その広大な領域からインスピレーションを受け取る回路を開いていくことができるのです。

 セスの語る「連想」と「意図による知識へのアクセス」は、近年広く知られるようになった「引き寄せの法則」のスピリチュアルな背景を、より深く説明していると言えるでしょう。

 「引き寄せの法則」では、強い感情を伴った思考が現実を創造するとされています。
 これはまさに、セスが語る「感情の連想」が、精神の領域から特定の可能性(出来事)を引き寄せるプロセスと一致します。
 
 多くの人が「引き寄せ」を上手く実践できないのは、単にポジティブな思考を繰り返すだけで、その根底にある「感情」のエネルギーや、自分自身の深い「信念」と向き合っていないからかもしれません。

 セスが教えるように、自分自身の感情の動きを注意深く観察し、創造的な遊びを通して精神との繋がりを深めることが、「引き寄せ」を真にマスターするための鍵となるのではないでしょうか。

前編のまとめと中編への予告

ここまで、3部作の【前編】として、『精神の本質』を旅してきました。

  • 私たちの本質である**「精神(プシュケ)」**が、時間や空間を超えた広大な「環境」そのものであること。
  • 「夢」が単なる眠りではなく、精神の多次元的な領域を探求するための「目覚めた意識活動」であること。
  • 精神が時間的な因果律ではなく、**「感情の連想」**という非線形的な原理によって情報を組織し、現実を創造していること。

 知識は、私たちが自分自身と世界を理解するための、まったく新しい土台となります。

 続く【中編】**では、この新しい土台の上に立ち、人間経験の核心をなす、より具体的なテーマへと踏み込んでいきます。

「男らしさ」「女らしさ」とは何か? セスが解き明かすセクシャリティの真実とは? 私たちが使う「言葉」はどこから来たのか? そして、万物の根源である「神」と私たちの本当の関係とは?

これらの深遠な問いに対するセスの答えは、私たちの価値観をさらに揺さぶり、より深い自己理解へと導いてくれるはずです。

ブログを読んで、さらに見識を深めたいと思ったら、ぜひ本書を手に取ってみてください。
本書は英語版のみとなります。

よかったらシェアしてね!
  • URL Copied!
目次
閉じる